タイトルに人生で初めて味わった絶望感と書きましたが、私は、本当の絶望というものをまだ知らないと思います。
絶望って何でしょう?
望を絶たれると書きますね。
希望を失ってしまうことがいかに人間にとって致命的であるかは想像できます。
神谷美恵子さんの著書『生きがいについて』はハンセン氏病に罹ったひとが島に隔離されてしまうことについて触れています。
診断されたが最後、家族から離され、いつ帰れるかもわからないところへ一人で行かなければならないことは、そうなったことがない人間には想像をはるかに超える苦しみでしょう。
自由を奪われ、親しい人との交流も断たれ、遠い国へ連れ去られたひとたちは全て同じ環境になったと言えます。
さらに、いつ殺されるか命の保証もわからないなら恐怖にもさいなまれることになります。
病での隔離、戦争による捕虜、遭難など、ある日突然そのような全く自分が望んでいない環境に放り込まれる。
ただ、そんな中にも絶望しない人がいることも確かです。どんな事態に陥っても、希望を失わず何とかして解決策を見出そうとする人もいる。
実際にはうまくいくことは稀なのかもしれないが、だからと言って何もしなければ助かることもありません。
本当は諦めてしまうことこそが最大の失敗なのでしょう。
岸見一郎先生の著書『生きづらさからの脱却』の中にも、諦めない大切さがいろんな切り口で書かれています。
その中の第8章の「即時的に生きる」という章の中に、アドラーが友人に語ったというエピソードで「二匹の蛙」のお話があります。
少し引用すると
二匹の蛙がミルクが入った壺のふちのところで飛び跳ねて遊んでいた。遊びに夢中になるうち、両方ともミルク壺の中に落ちてしまった。そのうち一匹の蛙は最初しばらくは足をばたばた動かしていたが、もうだめだと諦めてしまった。ガーガー鳴いて何もせずじっとしているうちに溺れて死んでしまった。
もう一匹の蛙も同じようにミルク壺の中に落ちたが、どうなるかはわからないけれどなんとかしよう、今できることは足を動かすことだと思って足を蹴って懸命に泳いだ。すると、思いがけず足の下が固まった。ミルクがバターになったのである。それでその上に乗って外に飛び出すことができ生還することができた。
岸見一郎(2015)生きづらさからの脱却 筑摩書房
岸見先生は前者の蛙は悲観主義者、後者の蛙は楽観主義者として説明されています。
悲観主義者の蛙がどうにもならないとして諦めたのに対して、楽観主義者の蛙は、この状況のなかでできることをした。
また、この楽観主義と楽天主義を分けて、もしもこの蛙が楽天主義だったら、「大丈夫、何とかなる」と考えて何もしなかったであろうと。
一見真逆にも見える悲観主義と楽天主義は行動の観点から同じと言えることに驚きます。
私の話に戻ると、私のように恵まれた環境で何不自由なく生きてこれた人間にも、一度だけ絶望的な気分を味わったことがあります。
他の人から見れば、取るに足らないようなことだと思います。
そんなことで絶望するなど罰が当たると言われそうなことですが、私にしてみれば、本当に目の前が真っ暗になって、自分の過去を激しく後悔した瞬間でした。
それは、私の読書の話の続きでもあります。
前のブログでも書きましたが、自分の読解能力より、かなり背伸びした読書を続けてきたことで、以前より読書に自信を持ち始めていたので、たいていの本は読めば何とか理解できるという気持ちを持っていました。
それまで、専門書と言われるものをそんなに読んでいなかったのに、たいした思い上がりです。
為せば成るということを心から信じていたので、自分が心から望んだことで不可能なことがあるなど考えたこともありませんでした。
本当に不可能なことは、心から望むということなどないだろうとも思っていました。
ある意味、本当におめでたい人間ですね。
それが、大きな挫折感を味わうことになりました。
30歳ぐらいの時、神谷美恵子さんの著書に出会い、彼女の考え方に大きく魅了されました。
彼女の行為については、私にはとても真似できない素晴らしいものですし、憧れでもありますが、私が注目したのは、彼女の思索の仕方です。
『生きがいについて』を読んだ時、内容の深さもさることながら、彼女の文章が、まるで一緒に思索を辿らせてくれるような書き方で、引き込まれました。
思索とは、このようになされるのか!と驚き、だんだんと深まっていくその思索の流れに魅了されたのです。
それから、彼女の著作は手に入るものは全部読みました。
そして、その中に出てくる哲学の本にも興味が湧きました。
私の記憶する限りですが、その中では、主にプラトンの著作が多く紹介されいたと思います。
そこから、プラトンの著作も手に入る限り全て読んだと思います。あくまでも、手にはいる限りなので、実際には読んでいない作品もたくさんあります。
プラトンの作品は、そんなに専門の勉強をしていなくても何とか読み進めることができるものでした。
専門用語がないということは、簡単というわけではなく、かえって深い本質的な難しさがあると知るのは、岸見先生に出会って、先生の本やお話をお聴きするようになってから気づきました。
でも、そのころは、とにかく、なんでも浅く読んで、わかったつもりになり、次のもの、その次のものと進めていけばより真実の内容になっていくと思っていました。
でも、デカルト以降の哲学者になると、だんだん専門用語が増えてきて、その文章の前提になっているものを知らないと理解が難しいということがわかってきました。
ただ、その前の時代の哲学者の本を読もうと思ってもどこから手を付けていいかわからず、片っ端から読もうにも膨大な量です。
その現実に気づいたとき、文字通り目の前が真っ暗になりました。
そして、心から、なぜもっと勉強して哲学の大学に行かなかったのかと激しく後悔しました。
でも、それはナンセンスな後悔です。高校で就職した私は、その当時大学で学ぶことに全く必要性を感じていませんでした。もちろん、勉強もしていないので、そもそも能力がありません。
絶対にありえない選択肢を選らばなかったと言って自分を責めることほど馬鹿馬鹿しいことはないでしょう。
それでも、人生の中でこれほどまでに理解したいというものに出会ったのは初めてだったので、それを理解する術が今の自分にはないと思った時、本当に絶望という感覚を味わいました。
体系的に勉強していないととても理解できないのだろうと思いましたが、今から大学に行くことは、経済的にも、能力的にも、年齢的にも、専業主婦という立場的にも不可能だと思いました。(コーチングに出会った今なら、そんなことはないとも考えられますが、当時の私には無理でした。)
絶対に理解できないだろうと気付いた本を目の前にして(図書館で読もうと思った本を積み上げていました)しばし茫然としていたと思います。
それでも、私は楽観的な蛙だったようです。どのくらい絶望感に浸っていたでしょうか…
私は何とか、理解できなくてもいいからと思い、文字だけでも目で追い始めました。
その時の自分はまるでぼけ老人になったつもりで読もうと思っていました。(これは私の中で「ぼけ老人のスキル」と呼んでいるものです。この話はまた今度)
そうしたら、そのうち、ところどころに、引用文やその出典が記載されていることに気づきました。
巻末には、参考文献が大量にリストアップされています。
それを見た私は、もしかして、ここに出ている本を読めば、ここに書かれている専門用語やその前提になっているものの説明があるのではないか…と思い、試しに、参考文献に出ている本を片っ端から読んでみようと思いました。
一縷の望み、藁をもすがる、とはこのことですね。
でも、その参考文献もまた難しいので、その本の参考文献のリストから読むことになり、そうして果てしない参考文献の旅が始まることになりました。
そのうち、参考文献のなかでも、一般でも読めそうな本を見分けられるようになり、しかも、興味がある本の参考文献なので全部面白そうだと思えたので、その旅は楽しいものになりました。
参考文献から参考文献に、ネットサーフィンをするごとく移っていくので、最初に読んでいた本とはかけ離れていくように感じます。
ひとしきりそれを繰り返すと、なんだか本当に遠くまで来てしまったなあと感じます。
そしてある時、最初に読もうと思った本をダメ元でもう一度開いてみたら、信じられないぐらい内容が入ってくることに驚きました。
それからは、本当にどんなジャンルでもこの読み方をすれば理解できないものはないと思えるようになりました。
思い上がりの復活です。
大体参考文献を10冊ぐらい読むと、必要な言葉の概念が入ってくるので、読めるような気がしてきます。
実際にはちゃんと理解できているかどうか疑問ですが、少なくとも、全く歯が立たなかった時とは違います。
このようにして、自分の読書法を手に入れた私は、まさに、あの足元がバターになった蛙と言えるでしょう。
本当に望んでいるもの、欲しいものは、それが手にはいらないと気付いた時絶望します。
でも、本当に自分にとって必要なものなら、なんとかしようともがくのかもしれません。
それにしても、こんなことが人生最大の絶望とは、やはり、私は本当の絶望は知らないんだろうと思います。
ただ、この経験は、今後何が起こっても、何とかなると勇気をもって立ち向かえる希望を持たせてくれるのには役立つでしょう。
これが私の読書の第3次黄金期となります。
第2次を飛び越してしまいましたが、それはまた今度。
岸見先生の著書↓
岸見一郎(2015)生きづらさからの脱却 筑摩書房